ライム病: スピロヘータ: メルクマニュアル18版 日本語版
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ライム病はライム病ボレリア(Borrelia burgdorferi)によって起こるダニ媒介性の感染症である。症状として遊走性紅斑があり,数週間から数カ月後に神経,心臓または関節の異常を来すことがある。診断は主として臨床的に行うが,急性期および回復期の抗体価が役立つ。治療はドキシサイクリン(または重篤な感染症ではセフトリアキソン)などの抗生物質による。
疫学と病態生理
ライム病は1975年にコネチカット州ライムで症例が集中的に発生したことによって認知され,現在では米国で最も多く報告されるダニ媒介性疾患である。これまでに49州で報告されているが,症例の90%以上がマサチューセッツ州からメリーランド州に及ぶ地域,ウィスコンシン州とミネソタ州,カリフォルニア州とオレゴン州において発生する。ライム病はヨーロッパ,旧ソビエト連邦各地,ならびに中国および日本においても発生する。発生は通常,夏および初秋である。患者の大多数は樹木の豊富な地域に居住する小児および若年成人である。
ライム病は主としてIxodes scapularis,すなわちシカダニによって伝播する。米国では,シロアシネズミがライム病ボレリアの主要な保菌動物であり,若虫および幼虫形態のシカダニが好む宿主である。シカはダニ成虫の宿主であるが,ボレリアを保有することはない。他の哺乳動物(例,犬)は偶発的宿主となることがあり,ライム病を発症することがある。ヨーロッパでは羊がこの菌の宿主であるが,発症はしない。
ライム病ボレリアはダニの刺咬傷部位から皮膚に侵入する。3〜32日後にこの菌は刺咬傷周囲を局所的に遊走し,リンパ行性に拡大して局所的なリンパ節腫大を引き起こすか,血行性に臓器または他の皮膚部位に播種する。病変組織中の菌が比較的少ないことから,ほとんどの症状がこの菌自体による破壊的な病態ではなく,むしろ宿主の免疫応答によることが示唆される。
症状と徴候
ライム病には,早期(限局性),早期(播種性),および晩期の3つの病期がある。早期と晩期の間には通常,無症候性期間がある。
関節·骨の痛み
ライム病の特徴である遊走性紅斑(EM)は臨床上最適な指標で,この疾患の最初の徴候である。遊走性紅斑は患者の少なくとも75%に現れ,ダニによる刺咬傷後3〜32日の間に,通常は四肢の基部または体幹(特に大腿,殿部,腋窩)に赤い斑または丘疹として始まる。病変部はしばしば中心部の消退を伴いながら,最大で直径50cmまで拡大する。発病後すぐ,未治療患者の半数近くが中央部硬化のない通常小さな病変を多数生じる。これら二次的病変の生検試料の培養は陽性で,感染の播種を示す。EMは通常数週間続く(平均3〜4週間)。回復の途中で一過性の病変が再び現れることがある。粘膜に病変は生じない。
早期(播種性)疾患の症状は,初期病変の発現から数日または数週間後に細菌が体中に播種されて始まる。倦怠,疲労,悪寒,発熱,頭痛,頸部硬直,筋肉痛および関節痛など,筋骨格系のインフルエンザ様症状が起こり,数週間続くことがある。症状はしばしば非特異的であるため,診断に至らないことが多く,常に疑いをもつ必要がある。明らかな関節炎はこの段階ではまれである。背痛,悪心および嘔吐,咽頭痛,リンパ節腫大,脾腫はあまりみられない。症状は間欠性で変化していく特徴があるが,倦怠および疲労は何週間も長びくことがある。一部の患者は線維筋肉痛の症状を示す。晩期には,しばしば関節炎の再発発作に先立ち,消散した皮膚病変が再びわずかに現れることがある。
神経学的異常がEMの数週間から数カ月以内(概して関節炎の発現前)に約15%の患者に現れ,一般的には数カ月続いた後,通常は完治する。最も多いのはリンパ球性髄膜炎(約100個/μLの脳脊髄液細胞増加症)または髄膜脳炎,脳神経炎(特にベル麻痺,両側性のことがある),知覚または運動神経根障害で,単独で発症または併発する。
心筋異常がEMの数週間以内に約8%の患者で生じる。異常の程度が変動する房室ブロック(第1度,ウェンケバッハ型,または第3度)があり,まれに胸痛,駆出率低下,心肥大を伴う心筋心膜炎が起こる。
未治療のライム病においては,最初の感染後数カ月から数年で晩期が始まる。約60%の患者において関節炎が疾患発症(EMによって定義される)の数カ月(ときに2年)以内にみられる。間欠的な腫脹および疼痛が2〜3の大関節,特に膝に生じ,典型的には数年にわたって再発を繰り返す。侵された膝は一般に疼痛よりも腫脹が顕著で,しばしば熱をもつが発赤はまれである。ベーカー嚢胞の形成および破裂が起こりうる。倦怠,疲労,微熱が関節炎発作に先行するか,併発する。患者の約10%には膝の慢性(6カ月以上軽減しない)病変が起こる。その他の晩期所見(発病後何年も経過してから起こる)は,抗生物質感受性の皮膚病変(慢性萎縮性先端皮膚炎)および慢性中枢神経系障害(多発性神経障害または気分,記憶および睡眠障害を伴 う軽微な脳障害のいずれか)である。
診断
筋強直性ジストロフィーと足の痛み
血液および関連体液(例,脳脊髄液,関節液)の培養を行うことがあるが,主として他の病原体の確認が主目的である。急性期および回復期の抗体価が役立つことがあるが,固相酵素結合免疫測定法(ELISA)で陽性の結果が出てもウェスタンブロット法により確認すべきである。しかし抗体価の上昇は遅延(例,4週間以上)したり,ときに皆無であったりするため,陽性IgGの力価が陽性でも以前の感染を示すだけの場合もある。脳脊髄液または滑液のPCR検査は,それらの部位が侵されている場合はしばしば陽性である。したがって診断は検査結果と典型的所見の両者に基づいて行う。典型的なEMの発疹は,特に他の要因による裏づけ(例,最近のダニによる刺咬傷,流行地域への暴露,典型的な全身症状)がある場合,ライム病� �強く示唆する。
発疹を欠く場合は,症状が多様でしばしば軽微であることから診断はより困難となる。早期(播種性)疾患は小児の若年性関節リウマチ,成人の反応性関節炎および非定型関節リウマチに類似することがある。重要な否定的所見は,通常,朝のこわばり,皮下小結節,虹彩毛様体炎,粘膜病変,リウマチ様因子,そして抗核抗体がないことである。夏に筋骨格のインフルエンザ様症候群を呈するライム病は,同じダニが伝播するリケッチア感染症のエールリヒア症に類似することがある(リケッチア属および類似する微生物: エールリヒア症を参照 )。白血球減少,血小板減少,トランスアミナーゼの上昇,好中球内の封入体などの欠如がライム病の鑑別に役立つ。移動性多発関節痛,およびPR間隔の延長または舞踏病(髄膜脳炎の症状として)のいずれかを示す偶発的患者においては,急性リウマチ熱の可能性を検討する。しかしながら,ライム病患者では,心雑音やレンサ球菌の先行感染を示す所見はめったにみられない。
晩期のライム病は脊髄病変を欠くことから,末梢関節病変を伴う脊椎関節症と鑑別できる。ライム病は,ベル麻痺,線維筋痛,慢性疲労症候群を引き起こすことがあり,リンパ球性髄膜炎,末梢神経障害および同様の中枢神経系症候群に類似することもある。
ライム病が風土病として存在する地域では,関節痛,慢性疲労,集中力障害,または他の障害を伴う非特異的症状を有する多くの患者の,これらの症状は,晩期ライム病に起因するものと考えられる。しかしEMの発疹または早期(限局性)もしくは早期(播種性)ライム病の他の症状の既往がなければ,これらの患者のなかに真のライム病は極めて少ない。そのような患者において,持続感染ではなく過去の暴露を示すIgG抗体価の上昇を理由に,しばしば意味のない長期の抗生物質療法が行われることがある。
治療
外科手術 - 有鉤骨鉤骨の骨折体
ライム病のどの病期でも大体抗生物質に反応するが,早期治療が最も効果的である。晩期疾患では,抗生物質は細菌を一掃し,大部分の人々において関節炎を軽減する。しかしながら炎症は継続するため,少数の人々では完全な除菌後も持続性関節炎がみられる。 スピロヘータ: 成人ライム病の抗生物質治療に関するガイドライン*表 1: にライム病の様々な症状に対する成人の治療レジメンを示す。小児における治療は成人と同様であるが,8歳未満の小児ではドキシサイクリンを避け,また,体重に基づいて用量を調整する必要がある(細菌および抗菌薬: 一般的に処方されている抗生物質の常用量を参照 表 3: )。治療期間は比較試験によって確立されてはおらず,推奨期間は文献によっても異なる。
表 1 | ||||||||||||||
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症状軽減のためには,NSAIDを使用してもよい。完全な心ブロックには一時的ペースメーカーを要することがある。滲出液が原因で膝関節に腫れのある場合は,液を吸引し,松葉杖を使用させる。抗生物質療法にもかかわらず膝の関節炎が持続する患者は,関節鏡視下滑膜切除術に反応することがある。
予防
流行地の人々はダニによる刺咬傷に注意が必要である(リケッチア属および類似する微生物: ダニ刺咬傷の防止を参照 囲み解説 1: )。人を刺すシカダニの若虫は小さく発見が困難である。いったん皮膚に付着すると何日も吸血し続ける。通常は感染ダニが36時間以上その部位に付着し続けて初めてライム病ボレリアの伝播が起こる。したがって,ダニに暴露された可能性がある場合には,よく探して取り除くことが感染の予防に役立つ。
ドキシサイクリン200mgの単回経口投与がシカダニによる刺咬傷後のライム病の可能性を低下させることが示されているが,多くの医師はこの治療法を推奨しないか,または明らかに充血したダニを有する患者のみに限定している。ダニの刺咬傷がはっきりしている患者に対しては,刺咬傷部位を観察して,もし発疹または他の症状がみられるなら治療を受けるよう指示すればよい。ダニ刺咬傷の既往がない場合は,ライム病の診断は大変難しい。
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